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竹瓦倶楽部

自分たちが住む別府のまちを元気にしたい。誰もが持っている、地元への愛情。それを様々な形で表現してきた人たちが、別府にはたくさんいる。

別府を元気にするために 

自分たちが住む別府のまちを元気にしたい。
誰もが持っている、地元への愛情。
それを様々な形で表現してきた人たちが、別府にはたくさんいる。

「このままではいけない」 

大分県出身の筑紫哲也さんを招いて、竹瓦温泉近くの「ヒットパレードクラブ」で講演会を開催した。

 1998年、別府のシンボルである竹瓦温泉に建て替えの話があがった。竹瓦温泉は、まちの人にとっては生活の一部。
古いものより新しいものが良いという意見と、あの建築物を文化として残すべきであるという意見が対立した。
守るためには、まちの人に大切さを伝える場を設けなければならない。
そういう想いで大分県出身の筑紫哲也さんを招いて、竹瓦温泉近くの「ヒットパレードクラブ」で講演会を開催した。
徐々に元気が失われていく別府のまち。
筑紫さんは、多くの人を魅了するこの歴史的木造建築物を、別府観光における集客の切り札に位置付けるべきであると語った。
多くの意見が交わされ、「ひょっとして、これは大切な場所なのではないか」という想いがまちの人の中に少しずつ芽生えていった。

竹瓦温泉の立ち姿を愛する、まちのひとたちが集まった

 これがきっかけとなり、竹瓦温泉やその界隈を大切に想う有志で「竹瓦倶楽部」が結成された。
その名簿には、当初建て替えに賛成だったまちの人の名前も連なったという。

「みんなが一体になるのを夢見てきた」 

「はっちゃん・ぶんちゃん」の流しの演奏にのって、夜のお散歩「竹瓦夜の路地裏散歩」

 「竹瓦倶楽部」の活動は、少しずつ広がっていく。1999年には別府で初めてのまちあるきコースが完成した。
以前から古い建物の研究や保存活動を行っていた人の手によって作られた、路地や温泉などを巡るまちあるき。
初回には、60人近いまちの人が集まった。ぞろぞろと歩く様子は、初めは怪訝な顔で見られたという。
だけれど、続けているうちに「ご苦労様です」と声を掛けられるようになった。路地を掃除する人、家の前に花を活ける人、店に大分の方言を貼って説明する人…。
回数を重ねる毎に、まちの人の意識も変わり、今では多くの観光客が参加する人気企画になっている。

「楽しい企画が大好きで、みんなが好きなことをやっていた」 

 「別府の温泉は熱すぎる」という観光客の意見が元となり結成された「アチチ探検隊」。
隊員は温度計を片手に温泉を巡り、「アチチ派」と「ぬる湯派」に分かれて、最適温度について討論会も行われた。
結局、「熱いお湯も気持ち良いじゃないか」という結論にまとまってしまったのだとか。

 2000年には「裏が表の10日間」と題した「別府路地裏文化祭」が初めて開催された。
「裏」という存在だった路地を舞台に、毎日のように様々なイベントが催された。

 それから約10年、このまちでは日々多くの人が出会い、繋がり、おもしろい出来事が起こり続けている。
「おもしろい遊び」は、いつも楽しいことが好きな人たちが集まって出来ていく。それは別府を愛する人たちがいる限り、これからもずっと。

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