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1400年前に彩られた別府の古墳は「血の池地獄」の赤色だった

別府の古墳は、血の池地獄の泥で赤く塗られている
そんな話をご存知だろうか?
6世紀後半から7世紀初頭(今から1400年以上前)には、地獄の泥が塗料として利用されていたというのだ。
別府の知られざる古代ロマンを紐解いてみよう。

別府の古墳は、血の池地獄の泥で赤く塗られている
そんな話をご存知だろうか?

6世紀後半から7世紀初頭(今から1400年以上前)には、地獄の泥が塗料として利用されていたというのだ。

別府の知られざる古代ロマンを紐解いてみよう。

血の池で赤く塗られた「鬼ノ岩屋古墳」 

まずは専門家である、別府大学文学部 史学・文化財学科の上野 淳也 教授に話を聞きに行ってみた。

待ち合わせは別府市上人にある「鬼ノ岩屋古墳」だ。

【鬼の岩屋古墳】
6世紀末に造営された、国の史跡に指定されている古墳。県内最大級の規模で巨石を積み上げて作られている。

普段は施錠されている古墳に潜入してみる。上の写真は1号古墳。小学校の敷地内にある。

まるで茶室の入口のように小さなところを潜り抜けると、内部は案外広くて驚いた。

内部にいくと、大きな岩がいくつも積み重なっているのがわかる。

よく見ると、内壁は赤色に塗られていた。その上に、ギザギザの模様などが描かれている。

「赤い成分を調べてみると、どうも血の池地獄の泥の成分に近いんですよね」
と、上野教授。

古墳時代の後期~終末期、私たちに馴染みのある時代でいうと飛鳥時代、蘇我馬子の時代にこの古墳ができたそうだ。

こちは2号墳の入り口。

2号墳は1号墳より天井が高く広々としている。

「5世紀後半から6世紀頃から血の池地獄の泥を活用し始めたのでは、と推測しています。血の池地獄はその昔、赤湯の泉と呼ばれていたんですよ」

九州では内壁を塗ったり絵が描かれたりしている古墳が多い。鬼ノ岩屋古墳は、横穴式石室で、オーソドックスなスタイルの古墳だという。

1号・2号ともかなり大きく、キレイなドーム型に積んである石は、細部まで赤い彩色がしてある。

「古墳内の赤色は湿度や温度によって変わるんです。カビが増えれば顔料がかびてしまうこともあるし、乾燥しすぎてもダメ。顔料がはがれて落ちている跡も見られます。

近年の大きな気候の変化によって古墳内の状態も変化しているので、生物学者などを交えながら残さないといけないんですよ」

と、大きな気候の変動が考古学にまで影響を及ぼしていると教えてくれた。

鬼ノ岩屋古墳

※事前連絡すれば見学可能です
連絡先●社会教育課
〒874-8511 別府市上野口町1番15号 (市庁舎5F)
電話:0977-21-1587
Eメール:lle-be@city.beppu.lg.jp

日本で最も古い記述がある天然地獄「血の池地獄」 

血の池地獄の泥(顔料)で現代の壁画を作成できないか?
そんな願望が湧きあがり、血の池地獄へお願いに行ってみた。

血の池地獄を案内してくれたのは、工藤昌史さんだ。

「血の池地獄は、奈良時代の書『豊後風土記』に“赤湯泉”として記されていて、1300年以上も前から存在している地獄なんです。

昔はね、兵隊さんが直接足を浸けて水虫治療などをしていたんですよ。その後、現在も販売している血の池軟膏ができました。

その昔1927(昭和2)年には大爆発があって、泥が200m上空まで跳ねたという記録もあるんです。

昭和50年頃には、地獄の上に船を浮かべて染め物をして、お土産にもしていました」

染物をする当時の写真。地獄の上で作業するとは……なんとも危険!

お土産ショップには、血の池地獄の泥で描かれた著名人たちのイラストも飾られている。

上の写真は、泥をかき混ぜている時の様子。もちろん今は危険なため行っていない。

血の池地獄は、中心部の温度が60℃ほど、周囲は50℃ほどもある。夏は鮮やかな赤色を鑑賞できるが、冬は湯気が立ち込めてみるのが難しいそうだ。

「深さを計測しようとしたんですが、30mくらいしか測れなかったんです。180~200mあるのでは?と、とある大学の先生は予測していましたが、実際は謎のままですね」

長い歴史を持つ血の池地獄だが、まだまだたくさんの不思議がつまっている。

一通り血の池地獄の歴史を説明すると、工藤さんは柄杓を取り出し地獄をすくいだした。

想像以上にさらっさらの泥。血の池のお湯自体は無色透明、砂に色がついている。

我々はついに、血の池地獄の泥を手に入れた!

血の池地獄
https://chinoike.com/

住所
〒874-0016 大分県別府市野田778 
TEL
0120-459-554 
営業時間
8:00~17:00[年中無休] 

壁にぶちまける現代壁画「地獄アート」 

血の池の泥を入手した取材班。現代版の地の池顔料壁画を誕生させるには描き手がいないとはじまらない。

そこで、うってつけのアーティストに声をかけてみた。

枠にとらわれず、我々とは別次元で現代を生き抜く芸術家・カツ どん子氏 である。

現代版の壁画=ストリートアート=ヤンキーの落書き?
そんな(安直な)思い付きから、ちょっと昭和の不良っぽくお願いしますと声をかけてみると、こんな出で立ちで現れた。

地獄の泥のキャンバスとなる壁は「清島アパート」。カツどん子氏の夫であり、芸術家である勝 正光氏が管理人を務める「清島アパート」は、芸術家たちが住まうアート版ときわ荘だ。推定築年数は70年。

どん子氏に、入手した血の池地獄の泥を手渡してみる。

まずは匂いチェック。アートは五感で感じる、というヤツだろうか?

筆、いや、刷毛にたっぷりと泥をつけて、いざ……

振りかぶって

ペチン!

地獄が跳ね、飛び散る。

勢いが止まらない。

あれよあれよと言う間にできあがったのは、小学校の黒板に書かれた日直を思い出させる「相合傘」だ。

久しぶりに見た……

言うまでもなく、マー君とは夫の勝 正光氏のこと。結婚2年、まだまだアッツアツなのだ。

せっかくなので夫婦で写真を撮らせてもらった。不思議な絵面である。

続けてどんどん、描いてもらう。

黒ずんだ壁に地獄の泥がよく映える。

相合傘の次に出現したのは、不良の殴り書きの定番「夜露死苦」である。

せっかくなので、「婦人会参上」もしたためてもらった。

続いて「廃品回収上等」!

ここまで来て本格的にノってきた様子のカツどん子氏。

ほとばしる情熱!

滲み出る躍動感!!

溢れ出すパッション!!!

もう誰にも止められない

ついには刷毛を捨て、素手を地獄に突っ込んだ。

20~30分後、令和の世とは思えない光景が別府に爆誕した。

きめの細かい地の池地獄の赤色は、現代の壁にもするりと溶け込んだ。ただの冗談に見える壁の絵や文字が、古墳と同じ泥を使って描かれているかと思うと感慨深い。

最後はもちろん、しっかり洗い流して終了。

数時間限りの地獄アートは、こうして終焉を迎えたのだった。

※今回は不良になりきってくれたカツどん子さんですが、普段はにこにこタイプの優しい芸術家さん。彼女がママをつとめるお店も営業中!

トキドキ エンゼル

住所
元町3-17 
営業時間
金・土 営業 不定休 20:00~24:00 

今から1400年以上も前から使われていた血の池地獄の泥は、今もなお、別府の古墳を彩っていた。

“別府といえば地獄”

その関係は、私たちの想像以上に深く、長く、ロマンに満ちあふれている。まだまだこれから、知られざる地獄の秘密が浮かび上がるかもしれない。

【参考】
古代遺跡に残る赤い絵の具と血の池地獄│別府“温泉”
https://onsen.mc.beppu-u.ac.jp/case.html?id=29

鬼ノ岩屋古墳
https://www.city.beppu.oita.jp/gakusyuu/bunkazai/bunkazai_kohun.html

【協力】
別府大学
別府市社会教育課
BEPPU PROJECT

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